【今回のテーマ】 新人理学療法士に向けた「リスク管理と負荷設定」シリーズの第2回です。バイタルサインを単なる「点(数値)」で捉えるのではなく、病態や心機能の余力を読み解く「線」として活用する視点を学びます。最高血圧だけでなく「脈圧」に着目したクイック診断や、あえて「歩かない」選択をする専門職としての判断基準を身につけます。
【免責事項】 ※本記事は、臨床10年超の理学療法士としての経験に基づく情報提供を目的としており、医療行為ではありません。金融商品、物品についての記載があってもそれらの使用を推奨するというのはあくまで個人の見解であることを明記します。それによって生じたいかなる問題も責任を取りかねます。 ※個別の事例は考慮しておりませんので、実際の診断や治療方針については、必ず主治医や所属施設の専門医の指示に従ってください。 ※本記事は執筆時点(2026年3月)の知見に基づいています。所属組織とは無関係な個人の見解です。
【リスク管理シリーズ②】バイタルサインを「点」ではなく「線」で読む:血圧計を対話の道具にするコツ
前回は、1RMなどの数値上の正論だけで負荷を決めることの限界と、患者さんとの信頼関係(ラポール)の重要性についてお伝えしました。(※前回の内容を軽くおさらいしたい方は [▶ 前回の記事へ戻る] からどうぞ) 今回は、臨床現場で毎日向き合う「バイタルサイン」を、いかにして負荷設定の決定打に変えるか、その実践的な読み解き方を深掘りします。
1. はじめに:私の失敗と「感謝」の罠
理学療法士として駆け出しの頃、私はある大きな失敗をしました。 息切れをしながらも、一生懸命に平行棒内を歩いてくださる患者さん。「今日は歩けて良かった、先生ありがとう」と言われ、役に立てている実感を持ち、翌日も同じように歩行訓練を継続していました。
しかし、先輩からの一言でハッとさせられました。 「その息切れ、心負荷はちゃんと確認した?」
調べてみると、私が提供していたのは「リハビリ」ではなく、患者さんの心機能を削る「過負荷」だった可能性に気が付き、猛省したのです。目の前の笑顔に応えたい気持ちが、客観的なリスク管理を上回ってしまっていたのだと思います。
2. 「血圧が正常=安全」ではない理由
バイタルサインに明らかな異常が出ない場合でも、強い息切れ(主観的運動強度が高い状態)がある時は注意が必要です。特に心不全を合併しているケースでは、その場では動けても、心臓には目に見えないストレスがかかっています。
判断しやすいサイン: 急激な血圧低下や意識レベルの変化。これらは危険ですが、誰でも「中止」の判断ができます。 見逃されやすいサイン: 「動けてしまう」程度の息切れ。
この「動けてしまう」レベルの過負荷が、数日かけて心機能をじわじわと低下させ、結果として回復を遅らせる「医原性のデコンディショニング(状態悪化)」を招くのです。
3. 指標:最高血圧(上の血圧)より重要な「脈圧」を使いこなす
「上の血圧」がいくらであれ、必ずセットで見てほしいのが、最高血圧(SBP)と最低血圧(DBP)の差である「脈圧」です。
脈圧から読み取る(正常範囲は40〜60mmHg): 脈圧が大きい時: 動脈硬化が進んでいる可能性があり、一回拍出量が多く心臓にかかる負担も大きくなります。 脈圧が小さい時: 末梢の血流量が低下しており、心拍出量が落ちて心臓に余力がない可能性があります。
臨床での活用: 「上の血圧が140だから高い」と一括りにせず、脈圧という「幅」を見る。それだけで、リハビリという負荷にどれだけ耐えられる「心機能の余力」があるかが分かります。
【現場のリアル:MAP(平均血圧)との使い分け】 最近は「平均血圧(MAP)を見よう」という声も聞かれます。もちろん重要ですが、臨床10年超の私が、あえて「脈圧(SBP – DBP)」を推奨するのは、暗算の速さがリスク回避の速さに直結するからです。 MAP: じっくりアセスメントする時の「精密検査」 脈圧: 離床の瞬間、その場でパッと判断するための「クイック診断」 この使い分けができるようになると、バイタルに振り回されなくなります。
4. 歩く以外の選択肢:病態に合わせた負荷の選択
脈圧や息切れから、歩行が「高負荷すぎる」と判断した場合でも、活動量を維持する手段はあります。
レジスタンストレーニング: 息を止めない自動運動をゆっくりと行い、大関節の筋量を維持・向上させます。 リカンベントエルゴ: 立位で体重を支える必要がない状態で、循環を促します。 車椅子座位時間の延長: まずは重力に慣れる土台作りから入ります。
5. 攻めと守りの使い分け:至適負荷量の見極め
すべての患者さんに低負荷を推奨するわけではありません。
「守り」のリハ(心機能・リスク優先): 心不全や急性期など、過負荷が直接的な状態悪化を招く場合。「低負荷からの積み上げ」を徹底し、翌日に疲労を残さないことが最優先です。 「攻め」のリハ(機能回復・社会復帰優先): 心肺機能や合併症に問題がなく、廃用がメインの場合。ADLに必要な強度まで「負荷を適切に上げること」が、早期復帰への近道となります。
「守るべき心臓」か「鍛えるべき身体」か。この見極めこそが、プロとしての技量です。
6. 電子血圧計に頼りすぎない:目の前の患者の状態を直接確認する
現場で多用される電子血圧計ですが、機械が出した数値を鵜呑みにしない姿勢が大切です。
機械測定の限界: 不整脈(Afなど)がある場合、エラーが出たり測定に時間がかかったりします。数値を待つ間に、実際に自分の指で脈に触れ、リズムの乱れ、顔色、冷感、冷や汗を確認する。この「アナログな一手間」こそが、実質的なリスク管理になります。 「自動調節能」の破綻を考慮する: 特に脳卒中発症後などは、血圧を一定に保つ「自動調節能」が機能しなくなっている時期があり、数値よりもフィジカルアセスメントが負荷量を決める決定打になります。
7. おわりに:専門職としての「やらない勇気」
医原性の廃用を防ぐのは当然ですが、同時に「医原性のデコンディショニング」を起こさない洞察力も必要です。 評価に基づき、あえて「負荷を下げる」「歩かない」という選択ができる勇気を持ちましょう。その地道な一歩が、患者さんの本当の回復を支える力になります。
【最後に】 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 数値の裏にある病態を読み解き、時には「攻め」時には「守り」の判断ができるようになることで、あなたの臨床はより専門的なものへと進化します。
次回は、離床をためらう大きな要因である「覚醒と起立性低血圧症」について、現場での優先順位の付け方を整理してお伝えする「[▶ 第3回:起立性低血圧で離床を迷う時の優先順位の付け方]」をお届けします。ぜひ続けてご覧ください。
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・[▶ 【脳卒中病態シリーズ】病型ごとのリスク管理]
・[▶ 【脊椎シリーズ】術後プロトコルを超えるための臨床思考]
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