心不全患者のリハビリでは、検査値を暗記するだけでなく、患者さんの循環動態と運動時反応を結びつけて考える必要があります。本記事では「慢性心不全の情報が少ないときのリハ評価」を、臨床で使える順序に整理します。
この記事でわかること
- 心不全の病態を示す主要所見の意味
- カルテ情報と身体所見をつなげる視点
- リハビリ中の負荷設定とリスク管理への活かし方
カルテを開いてみると、
「既往歴:慢性心不全」 とだけ書いてある。 しかし、 EFがどのくらいなのか HFrEFなのかHFpEFなのか 何が原因で心不全になったのか 普段のBNP/NT-proBNPはどのくらいなのか これまでどの程度うっ血していたのか
といった情報は、すぐには分からない。 こうした場面は急性期だけではありません。 回復期、外来、訪問リハなどでも、心不全は「既往歴」として書かれているだけで、詳しい循環器情報が手元にないことがあります。
では、
「詳しいことが分からないから、とりあえず安静」 でよいのでしょうか。 逆に、 「SpO₂も血圧も問題なさそうだから、普通に歩いて大丈夫」 としてよいのでしょうか。 どちらも少し乱暴です。
情報が少ないときの基本方針
今回は、心不全の情報が十分にそろっていない患者さんを前にしたとき、何を見て、何を調べ、どう負荷を考えるかを整理します。
1.まず「今の患者さん」を見る
EFやBNPが分からなくても、患者さんの目の前には多くの情報があります。 これまでの基礎編で扱ってきた、 呼吸困難、起座呼吸 浮腫、頸静脈怒張
最初に確認したいカルテ情報
血圧、脈圧 末梢冷感 尿量 意識状態 などです。 つまり、 「心不全の詳しい情報がない」ことと、「何も評価できない」ことは同じではありません。
身体所見から循環状態を確認する
これは基礎編②「うっ血」、③「低心拍出・組織低灌流」で整理した内容そのものです。
2.安静時だけでなく「動いたとき」を見る
たとえば、 SpO₂ 97% HR 72回/分 BP 112/72 mmHg
で、安静時には特に症状がない。 これだけでは、運動時にも循環・呼吸が十分対応できるかまでは分かりません。 そこで患者さんの能力に合わせて低負荷から離床し、 心拍数、血圧・脈圧、SpO₂、呼吸数、Borg、症状、回復までの時間
などを見ます。 大切なのは、 「その運動ができたか」だけでなく、「その負荷に循環・呼吸がついてこられたか」 を見ることです。
3.「安全側に倒す」=動かさない、ではない
低負荷から運動時反応を確認する
端座位、立位、短距離歩行など、患者さんの能力に応じて負荷を小さく設定します。 もともと歩ける患者さんなら、歩行距離や速度、階段などで負荷を調整してもよいでしょう。 重要なのは運動の種類そのものではなく、 負荷を小さく刻みながら、その患者さん自身の反応を新しい情報として増やしていくこと
です。
4.足りない情報は取りに行く
もちろん、離床時の反応だけで判断するわけではありません。
「慢性心不全」としか分からなければ、
過去の心エコーや循環器記録、血圧・心拍数の推移、体重・尿量、採血、胸部X線、本人・家族から聞いた普段の状態 などを確認します。 古い記録から、 「以前のEFは35%だった」 「心筋梗塞の既往があった」 「心房細動がある」 「中等度の僧帽弁逆流がある」 と分かることもあります。
また、今日の血圧が100 mmHgでも、普段から100 mmHg前後なのか、昨日まで130 mmHgだったのかでは意味が違います。 入院中なら昨日までとの比較、外来や在宅なら普段との比較が重要です。
単一の数値だけではなく、推移や普段との違いを見ます。
5.低負荷で得られた反応も「新しい情報」になる
たとえば短距離歩行を行ったとき、 心拍数が大きく上昇する 血圧が低下する 脈圧が狭くなる Borgが大きく上昇する 顔色が悪くなる 末梢冷感が目立つ 回復に時間がかかる
といった変化が重なったとします。 もちろん、脈圧が狭くなっただけで「低心拍出」と診断することはできません。 しかし、複数の反応が同じ方向に変化しているのであれば、 「この患者さんは、この負荷に対する循環予備能が十分ではないかもしれない」
と考える材料になります。 その場合には負荷を下げ、 過去の心エコー BNP/NT-proBNP 腎機能 Hb 体重・尿量
胸部X線
心電図 循環器の過去記録 など、必要な情報をさらに確認します。 低負荷の離床で得られた反応そのものも、患者さんを理解するための評価情報になります。
6.「昨日まで」と「普段」を基準にする
心不全患者さんを評価するとき、基準になるのは必ずしも教科書の正常値だけではありません。 入院中なら、 昨日までと比べてどうか。 外来や訪問なら、 普段のその人と比べてどうか。 が非常に重要です。 たとえば、 「いつもは家の中を休まず歩けるのに、今日は途中で休む」
「いつもより呼吸数が多い」 「ここ数日で浮腫が増えた」 「同じ歩行なのにBorgが高い」 「運動後の回復が遅い」 こうした変化が重なれば、単一の数値が正常範囲内でも、 「今日はいつもと違う」 と考える材料になります。
7.症例で考えてみる
82歳男性。
肺炎で入院し、リハビリが処方されました。 既往歴には、
「慢性心不全」
とだけ書かれています。 現在の心エコーはなく、BNPもまだ測定されていません。 安静時は、 SpO₂ 96% HR 76回/分 BP 108/72 mmHg でした。 安静時呼吸困難や起座呼吸はなく、両下腿に軽度浮腫があります。
末梢冷感は目立たず、尿量も保たれています。 看護記録を見ると、ここ数日の収縮期血圧は100〜115 mmHg程度で推移しており、呼吸状態の明らかな悪化もありません。 本人に聞くと、入院前は自宅内を休まず歩いていたとのことでした。 この時点でも、
EF 心不全の病型
原因疾患
は分かりません。 しかし、 「何も分からない」わけではありません。 現時点では明らかな肺うっ血を疑う症状に乏しく、強い末梢循環不全を示唆する所見も目立ちません。
血圧も、この患者さんにとって急激に低下した値ではなさそうです。 さらに、入院前には自宅内歩行が可能でした。 そこで、いきなり長距離歩行を行うのではなく、低負荷から離床を開始し、呼吸・循環反応と回復を確認します。 一方で、この患者さんは肺炎で入院しています。
心拍数増加や息切れ、疲労が出たとしても、それをすべて心不全によるものと考えることはできません。 感染、発熱、貧血、脱水、廃用なども含めて考える必要があります。 つまり、 「EFが分からないから動かさない」でもなく、
「SpO₂が96%だから普通に歩かせる」でもない。 今ある情報から仮説を立て、低負荷で反応を確認しながら判断していきます。
8.情報不足を「0か100か」で考えない
不足情報を追加で集める
EFが分からない。 BNPがない。 心不全の原因も分からない。 だからといって、 「情報がないから判断できない」 で終わる必要はありません。
呼吸状態、血圧、脈圧、末梢循環、浮腫、尿量、普段の活動、これまでの推移、低負荷に対する反応。 分かるものから一つずつ集めていけば、患者さんの状態についての確度を少しずつ高めることができます。
そして実は、もう一つ、 意外と多くの情報が隠れている場所があります。 それが、 薬剤一覧です。
心不全の病型や原因疾患が詳しく書かれていなくても、処方されている薬を見ることで、 「過去にどんな病態を考えられていたのか」 「次にどの記録を探せばよいのか」 を推測する手掛かりになることがあります。
ただし、薬には複数の適応があります。 薬剤名だけから病型や原因疾患を断定することはできません。 そこで次回は、 「この薬があったら何を考え、次にどこを見るか」 という視点から、心不全患者さんの薬剤一覧を逆に読んでみます。
まとめ
「慢性心不全の既往あり」としか分からない患者さんは、急性期だけでなく、回復期、外来、訪問リハでも出会います。
そんなとき、 「詳しい情報がないから安静」 で終わってしまうのも、 「SpO₂や血圧が問題なさそうだから大丈夫」 と判断するのも適切ではありません。
まず、今の患者さんからうっ血や末梢循環不全を疑う所見を探す。
過去の記録や看護記録、本人・家族から情報を集める。 入院中なら昨日までと、外来・在宅なら普段の状態と比較する。 そして、状態が許せば低い負荷から開始し、その反応と回復も新しい評価情報として加えていく。 大切なのは、
「分からないものは分からないまま、今ある情報から仮説を立て、小さな負荷で反応を確認し、情報を一つずつ増やしていく」 ことだと思います。 基礎編①〜③で扱ってきたEF、うっ血、低心拍出・組織低灌流の知識は、そのために使うものです。 そして次回は、カルテの中にすでに存在しているもう一つの情報、
「薬剤一覧」 を読んでいきます。 参考 日本循環器学会/日本心不全学会.2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.
Kitai T, et al. JCS/JHFS 2025 Guideline on Diagnosis and Treatment of Heart Failure. Circ J. 2025.
※本記事は心不全リハビリテーションにおける考え方を整理する教育目的の記事です。実際の離床・運動療法では、原疾患、心不全の病期、現在の治療内容、急性増悪の有無、医師の指示、施設基準などを踏まえて判断してください。また、単一の所見のみからうっ血や低心拍出、組織低灌流を診断することはできません。急激な症状・循環動態の変化を認めた場合には、負荷を中止・軽減し、医療チームで共有する必要があります。
ぴっちPT×AI|パパ理学療法士の「臨床やAI自動化の困り… 【臨床10年超|認定理学療法士|修士】 「明日から迷わない臨床」をテーマに脳卒中・整形・難病・考え方を発信 AI自動化やホームラボは、試行錯誤しながら解決した過程ごと記録
Kindle・医療小説・その他サイト制作や子育ても 急性期病院で働きながら、楽しく生きるパパ理学療法士です
免責事項:本記事は理学療法士など医療従事者の学習を目的とした一般的な情報です。個別患者の診断・治療・運動療法の可否を決定するものではありません。実際の臨床では、主治医の指示、施設基準、最新の診療ガイドライン、患者ごとの症状・検査所見を優先してください。
元記事をWordPress向けに再構成・加筆しています。元note記事:【心不全基礎➄】 「慢性心不全の既往あり」しか分からない――情報が少ない患者のリハで、何を見て負荷を決めるか


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