AIを学んで気づいた。「大人になってからの学び方」は理学療法士のものと同じだった。

AIを学んで気づいた。「大人になってからの学び方」は理学療法士のものと同じだった。 AI活用

最近、改めて思うことがあります。

大人になっても、新しいことを学ぶのは本当に楽しい。

学生の頃は「勉強しなきゃ」という気持ちが強く、テストや資格のために机へ向かうことも多くありました。

でも今は違います。

「やってみよう。」

「これを作りたい。」

「収益につながるかもしれない。」

そんな目的が先にあります。

だから自然と学びたくなるのです。


ここ数日だけでも、

  • Linux(Xubuntu)

  • Docker

  • n8n

  • ComfyUI

  • Irodori TTS

  • Whisper

  • FFmpeg

  • API

  • Python

  • YAML

  • JSON

など、本当にたくさんの言葉に触れました。

最初は正直、全部「何となく聞いたことがある」くらいでした。

でも実は、最初から仕組みを理解しようとしていたわけではありません。

最初は、

「ChatGPTがスクリーンショットを見て『このコマンドを貼ってください』と言う。」

「じゃあ貼る。」

「なんか動かなくなった!」

「次はどうすればいい?」

そんな感じでした。

「Ctrl+Cでこの画面から抜けられます。」

と言われれば、

「なるほど。」

くらいの感覚です。

正直、ほぼChatGPTに案内されるまま進めていました。

それでも、不思議と少しずつ分かってくるものです。

何度もターミナルを触っているうちに、

「このコマンドを打つと、こういう返事が返ってくる。」

「これは何かを起動するコマンドっぽい。」

「これは設定を見ているだけかな。」

そんなふうに、ぼんやりと役割が見えてきました。

そこでふと気になったのです。

「そういえば、これって結局何なんだろう?」

今回は、その時に理解したことを、未来の自分への備忘録も兼ねて残しておこうと思います。


まずPython。

私はずっと、

「Python=プログラミング言語」

だと思っていました。

ところがChatGPTに聞いてみると、

「Pythonにはプログラミング言語という意味もあるし、Linuxで python3 と入力して起動するプログラムそのものという意味もある。」

と言います。

「あれ?確かに私、何回も python3 って打ってる。」

知らないうちに、Python製のソフトをPythonというプログラムで実行していたわけです。

つまり、

「Pythonを勉強する。」

というPythonと、

「PythonでIrodori TTSを起動する。」

というPythonは、同じ名前でも少し違う意味だったのです。


Dockerも少し似ています。

Dockerはプログラミング言語ではありません。

コンテナという仕組みを動かすソフトです。

そして、

docker compose up

というコマンドは、

Docker Composeというツールに、

「設計図を読んで全部起動してね。」

とお願いしているだけでした。


では、その設計図は何なのか。

それが

docker-compose.yml

です。

私は最初、

「この中身ってJavaScriptなの?」

と思いました。

でも違いました。

これはYAMLという、設定を書くための形式でした。

さらに面白かったのは、

YAMLは「どう書くか」を決めているだけ。

その中で、

  • services

  • image

  • ports

  • volumes

などの意味を決めているのは、

Docker Compose Specificationという仕様なのだそうです。

つまり、

YAMLという書式で、

Docker Composeの仕様を書いている。

そういう二段構造になっていました。


さらに気になったのがAPIです。

私は、

「APIって結局何?」

と思っていました。

でも、

「ソフト同士が会話するための窓口。」

と言われて、一気に理解できました。

例えばn8nがIrodori TTSに、

「この文章を音声にしてください。」

とお願いする。

その受付がAPIです。

以前、404エラーで数時間悩んだことがありました。

原因はAPIの窓口が違っていただけ。

つまり、

「受付が違いますよ。」

と言われていただけだったのです。

意味が分かると、あの時のエラーの見え方まで変わりました。


こうして振り返ると、私はプログラミングを勉強しているわけではありません。

作りたいものがある。

だから必要になったことを、その都度覚えているだけです。

勉強が目的ではなく、目的を実現する途中で勉強になっていました。


理学療法士として臨床を学んできた時も同じでした。

患者さんの困りごとを解決したい。

だから勉強する。

AIでも同じです。

困りごとを解決したい。

だから学ぶ。

振り返れば、理学療法士として働き始めた頃も同じでした。

今の職場で、それまでほとんど見たことのない疾患を担当するようになった時も、

「分からない。」

「困った。」

そんなことの連続でした。

だから、とにかく調べる。

安全を確保しながら試してみる。

効果を確認する。

また調べる。

そして、自分なりに整理してまとめる。

その繰り返しでした。

振り返ると、理学療法士として学ぶ中でも、学び方は少しずつ変わってきました。

一番大きかったのは、子どもが生まれた頃です。

本を開けば投げられる(笑)。

そこで思い切って電子書籍中心に切り替えました。

スマホ一つあれば、ちょっとした待ち時間や休憩時間にも読める。

「スキマ時間に少しずつ積み重ねる。」

そんな学び方が、自分には合っていたのだと思います。

そして今年2月。

GeminiやChatGPTの便利さに気付きました。

分からないことがあれば、

調べる。

人に聞く。

試行錯誤する。

そのうち、「調べる」と「人に聞く」の多くをAIが肩代わりしてくれるようになりました。

だから学ぶスピードが一気に上がったように感じています。

加えて今はGalaxy Z Fold7があります。

AIを開きながら、TermiusでLinuxを操作し、ブラウザで調べ、n8nも触る。

そのほとんどをスマホ一台で検証できます。

「思い付いたらすぐ試す。」

この環境があるからこそ、学びが続いているのだと思います。

考えてみれば、私は昔から机に向かって黙々と勉強するタイプではありませんでした。

理学療法士国家試験も、あと少しで不合格になるところでした。

だからこそ今の、

「気になったら試す。」

「分からなければAIに聞く。」

「動いたらまた次へ進む。」

という学び方のほうが、自分にはずっと合っているのかもしれません。

また、この積み重ねがあったからこそ、今ではある程度体系立てて発信できるようになり、Kindleも何冊も出版することができました。

考えてみれば、今ホームラボでやっていることも同じです。

「動かす。」

「困る。」

「調べる。」

「試す。」

「理解する。」

対象が患者さんからAIやLinuxに変わっただけで、学び方そのものは昔から変わっていなかったのかもしれません。

大人になってからの学びは、誰かにやらされるものではありません。

「作りたい。」

「試したい。」

「家族のために少しでも収入を増やしたい。」

そんな目的があるから、LinuxもDockerもAPIも、自然と興味が湧いてきます。

ホームラボを作り始めてから、毎日のように新しい発見があります。

きっとこれからも、分からないことはたくさん出てくるでしょう。

でも今は、その「分からない」が少し楽しみです。

コマンドを言われるままコピペしていた数日前の自分からすると、小さな進歩かもしれません。

それでも、「何となく使っていたもの」の正体が少しずつ見えてくる感覚は、とても面白い。

大人になってからの学びって、こういうことなのかもしれません。

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