地域中核病院で働く理学療法士として働くかたわら、日々「明日から迷わない臨床の判断軸」をテーマに「ぴっちPT」という名前で発信しています。
理学療法士として10年以上、のべ数万人の方々の身体に向き合ってきました。効率的な介助動作を後輩に教え、自らも実践する。それが私の日常であり、専門家としての自負でもありました。
しかし、そんな私が先日、仕事中に重い方を介助した瞬間、腰に「ピキッ」という走るような違和感を覚えました。
その瞬間、真っ白になった頭をよぎったのは、「あ、終わったかも」という強烈な焦りでした。
「このまま動けなくなったらどうなる?」
「休日に子どもたちと走り回って遊べなくなる?」
「妻に、これ以上の負担と迷惑をかけるのか?」
一瞬のうちに最悪のシナリオが駆け巡り、全身から冷や汗が吹き出しました。幸い、症状はすぐに落ち着きましたが、その時突きつけられたのは、「プロの知識を持っていても、物理的な限界は超えられない」という、あまりにも当たり前の事実でした。
「後輩に頼みたくない」という、本音
私の職場は、幸いなことに無理な介助を強いる環境ではありません。人手が足りなければ誰かに頼めますし、福祉用具を使うことも推奨されています。
それなのに、なぜ私は一人で無理に持ち上げようとしてしまったのか。そこにあるのは、実にダサい理由です。
「正直、後輩に頼むのが嫌だった」のです。
「手伝って」の一言が言えず、「まだまだ一人でいける先輩」でいたかった。
プロとしての万能感というより、単なる見栄でした。身体の専門家として、患者さんには「無理をしないで」と言いながら、自分自身が一番「無理」を軽視していたのです。この見栄と自意識こそが、怪我を招く最大の危険因子でした。
34年の住宅ローンと、家族の未来
今の私には、支えるべき家族がいます。34年以上残っている住宅ローンと、まだ幼い二人の子供たちの成長を見据えれば、私の理学療法士としての人生は、まだ2割も終わっていない「超長期戦」です。
世の中には「何かあっても傷病手当や再就職がある」という声もあります。しかし、それらはあくまで破綻した後の補償であって、健やかに働き続ける権利の代わりにはなりません。家計を支える身にとって、身体は唯一無二の「資本」です。その資本を、一瞬の「先輩としていい顔をしたい欲」のためにギャンブルに投じるのは、あまりに割に合わない投資だと思い知らされました。
自前のコルセットと、市販のサポーター
あの違和感以来、私は自分の慢心を物理的に抑え込むための「仕組み」を導入しました。
それは、市販の腰用ベルト(バンテリン)の購入です。
以前、私は圧迫骨折の記事で、腹横筋や多裂筋といった「自前のコルセット」の重要性を説きました。
【関連記事:コルセットを脱いだ後に再骨折させない、自前のコルセット作り】
しかし、この「自前のコルセット」という考え方には、自分の筋力を過信してしまうリスクが潜んでいます。いざ「私ならできる」という欲が頭をもたげたとき、鍛えた自分の身体を過信し、外部リソース(道具や他者の手)への依存を渋ってしまうのです。
だからこそ、あえて市販のベルトを使い、物理的な「外部リソース」として自分の身体に「ブレーキ」をかけることにしたのです。
このベルトは、以下の場面で必ず着用することに決めました。
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公私ともに、明らかに腰への負担が大きい作業が予想される時。
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初めて担当する患者さんに関わる時。(予知不能な動きのリスクを回避するため)
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初めて子供とアスレチックに挑戦する時。(パパとしていい顔をしたい欲を抑えるため)
「ベルトに頼るのはプロとしてどうなのか」という自意識も、あのピキッという感覚の前には無意味です。
プロとして選ぶ「腰を守る3つの鉄則」
あの違和感以来、私は自分の行動基準を以下のように意識するようにしました。
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「股関節から折る(ヒップヒンジ)」の徹底 腰を丸めて持ち上げるのではなく、お尻を後ろに引き、股関節を軸に動く。患者さんに指導しているこの「黄金律」を、自分自身の全介助動作に課しました。
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「自前のコルセット(腹横筋・多裂筋)」の再教育 力を入れる瞬間のドローイン(お腹を凹ませる動き)を意識し、脊柱を内側から固める。自分の筋力を過信するのではなく、機能的に使う。
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「プランB」という戦略的回避 「人力でいけるか」ではなく、「この瞬間、一人で持ち上げないと転倒するという極限の状態か?」を自問する。そうでなければ、迷わず福祉用具を使うか、周囲に協力を仰ぐ。市販のサポーターの使用も、このプランBの立派な一環です。 【関連記事:リハビリをギャンブルにしない。目標設定のプランAとプランB】
最後に:自分の限界を、一番の味方にする
「無理な時は、無理」と認める。それは敗北ではなく、自分と家族の人生を最後まで守り抜くための誠実な選択です。身体の専門家である前に、自分の身体の一番の理解者でありたい。
正直なところ、あの「ピキッ」という感覚は、今でも少し怖いままです。
でも、あの恐ろしい感覚があったからこそ、今の私は「壊れる前に止まる」という選択ができるようになりました。
それが、10年を超えて辿り着いた、今の私の「ひとりごと」です。
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臨床現場での判断に悩むあなたへ 医療現場では、今回のようなキャリアの判断だけでなく、臨床においても「正論だけでは回らない」場面に多々遭遇します。 私は10年以上の理学療法士としての経験から、新人〜中堅の方が明日から困らないための知恵を体系化して発信しています。
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