リハさん、と呼ばれました
臨床10年を超えて、初めて「リハさん」と呼ばれました。
相手は若手の男性准看護師でした。
名前ではなく職種名で呼ばれ、患者さんの身体拘束の判断についても、専門職としての意見を端から聞く気がない態度を示された。
記号として扱われた、という感覚が残りました。
不快感の正体はすぐには言語化できず、その後も業務に追われてそのまま流れていきました。
帰宅してふと思い返したとき、あの「記号」で呼ばれた感覚がまだ残っていることに気づきました。
帰宅してから、自分がnoteに書いた記事を読み返しました。
かつての記事で私はこう書きました。
「自分に関わるスタッフの名前を、一日でも早く覚えること。名前を覚えて呼ぶことは、相手への最低限の敬意です」
これまで10年以上、意識してやってきたことでした。
入職直後から、関わるスタッフの名前を早く覚えることを自分に課してきた。
病棟に出たら名札を確認する、すれ違いで声をかけるときは名前から入る。
意識しないとできないことを、意識し続けてきた。
でも「呼ばれる側」の体験は、今日が初めてに近かった。
このことの重さを、逆側から確認した体験でした。
名前で呼ぶことは
名前で呼ぶことは、小さな行為に見えます。
でもそれは「あなたを個人として認識しています」という宣言です。
職種名で呼ぶことは、悪意がなくても「あなたはその機能を担う記号です」というメッセージになる場合がある。
今日の体験でいえば、「リハさん」という呼び方そのものより、その呼び方が象徴していた態度全体が問題でした。
意見を聞かない、専門性を尊重しない、個として認識しない。
呼び方はその氷山の一角に過ぎなかった。
だからこそ、呼び方には人の内側が透けて見えます。
名前を呼ばない、覚えようともしないように感じるスタッフには、やはり積極的に味方になってあげようという気持ちになれないものです。
仕方ないものならともかく、助け合い的な頼み事は段々とし難くなるのも、こういうことの積み重ねだと思います。
理学療法士も同じです
これは看護師側だけの話ではありません。
若手PTが病棟で「看護師さん、ちょっといいですか」と呼びかけていたら
——それも同じことです。
相手がベテランであれ新人であれ、職種名で呼びかける習慣は、気づかないうちに関係性の壁を作っています。
「看護師さん」「薬剤師さん」「ワーカーさん」。
悪気はない。
でも名前を覚えていない、あるいは覚えようとしていない、ということの裏返しでもある。
過去の記事や私の小説で書いたことは、PTが看護師に対してもまったく同じように問われています。
自分が「リハさん」と呼ばれて感じた違和感を、自分も誰かに与えていないか。今日の体験は、その問いを突きつけてきました。
もちろん、特に新しい病棟や初対面のスタッフに対しては、名前がわからない場面もあります。
そのときは「看護師さん」と職種名で呼ぶより、「すみません」と声をかける方がまだ失礼になりません。
名前がわからないなら名前を使わなければいい。
次に会うときまでに名札を確認して覚える、知っている看護師さんやリハの先輩に聞いてしまう
——どちらでもいい。それだけのことです。
もうひとつ、男性スタッフには特に意識してほしいことがあります。
声のトーン、体格、立ち居振る舞い
——本人が意図していなくても、非言語的な威圧感は出やすい。
名前ではなく職種名で呼びかけ、低い声で用件だけ伝える。
それだけで、相手には「圧」として届いている場合があります。
私自身もそう思っているからこそ、意識的に気をつけています。
「名前で呼ぶ」という小さな行為は、その威圧感を和らげる最初の一手でもある。
コミュニケーションの入り口を、自分で狭めないためにも。
職種による差異
同時に、医師から「リハさん」と呼ばれても不快でなかった理由も、今日整理できました。
医師はオペに入り、急患に飛び、複数の職種に同時に指示を出す。名前で呼ぶ余裕がない場面が現実としてある。
職種名で呼ぶことが、現場を回すための必然になっている側面があります。
それでも関係性が成立するのは、長年の信頼の積み重ねと、互いの専門性への敬意が前提にあるからです。
しかしコメディカル同士は違います。
同じ病棟で、同じ患者さんを、同じ時間軸で見ているパートナーです。
切迫した必然はない。
その関係性の中で職種名で呼ぶことは、単に「個人として認識していない」ことの表れになる。
呼び方の問題ではなく、その背景にあるものの問題です。
ひとつ、余談として。
私はその准看護師の名前を知っています。
こちらは覚えている。覚えようとしているから。
でも向こうは私を「リハさん」としか認識していない。
これが何を意味するか。
病院という世界は狭く、異動や転職で思わぬところでつながります。
「あの病棟にこういうスタッフがいて」という話は、悪意がなくても自然に共有されます。
名前を覚えない、個として認識しないという態度は、自分の評判管理という観点からも、じわじわとリスクになり得ます。
おわりに
新人の頃、上司から「名前を覚えろ」と言われた意味が、別の角度から腑に落ちました。
あのとき上司が教えてくれたのは、テクニックではなかったのかもしれない。
相手を個人として扱うということの、最初の表明だったのだと思います。
教えることと、体験することは、やはり別物です。
初めて呼ばれる側になって、ようやくわかったことがありました。
「リハさん」と呼ばれたあの瞬間は、正直ウザかったです。
でも、こうして言語化してみると、「名前を覚えよう」という考え方を、逆側から確認できた夜になりました。
今回の私のモヤモヤは、こうして記事にしてしまい昇華させようと思います。
ウザ体験も、資産にしちゃいましょう。
その他新人さん向けの記事はこちら
Kindle 新人理学療法士サバイバルガイド 発売中
サイトマップはこちら:まずはこちらを読んでください
もしこの記事が少しでも「役に立ちそう」と感じたら、ぜひ下にある「♡(スキ)」ボタンと押して、フォローをしていただけませんか?
スキボタンに関しては、noteアカウントをお持ちでない方も、ログインなしで押すことができます。皆さんのリアクション一つひとつが、「次はどんな悩みを解決する記事を書こうか」と考える際の、大きな原動力になります。
「この疾患についても知りたい!」「この部分をもっと深掘りしてほしい」といったリクエストも、コメント欄でいつでもお待ちしています

コメント