プロローグ 仕事と家事、寝かしつけが終わった後
仕事が終わって、子どもたちにご飯を食べさせ、寝かせた後に、スマートフォンを開きました。Kindleのダッシュボードを確認するためです。画面には、自分の名前がついた本が15冊以上並んでいます。臨床の教科書、小説、娘と作った絵本など、半年前には存在しなかったものたちです。
これは成功の物語ではありません。読まれていない記事もありますし、売れていない本もあります。AIに何度も助けを求めては、何度も「これではない」と思った、そのような記録です。
私は病院で働く理学療法士で、臨床歴は10年を超えています。脳卒中、整形疾患、神経難病など、毎日、患者さんのそばで仕事をしています。それ以外の顔としては、三人の子どもを持つ父親であり、一馬力で家族を養っています。
発信を始めたのは、お金の不安がきっかけでした。AIを使い始めたのは、家計相談をGeminiに聞いたのがきっかけです。小説を書いたのは、ずっと心の端に置いていたものがあったからです。どれも、大きな決断ではありませんでした。気づいたら始めていた、という方が正確です。
この本には、その過程をそのまま書きました。うまくいったことだけでなく、AIに裏切られた経験も、記事を書いても誰にも読まれなかった時間も、すべて含めています。
AIが人生を変えた, とは思っていません。ただ、10年以上かけて積み上げてきたものを、ようやく形にできるようになったことは確かです。
第一章 信用ゼロになってしまった
最初の職場を辞めたのは、入職して2年ほど経過した時のことでした。理由は人間関係です。先輩と意見が合いませんでした。成長できないとも感じ、ちょっとしたきっかけで揉めに揉め、飛び出しました。振り返ると、私の側にも多々問題がありました。ただ当時の私には、そこを続ける理由が見つけられませんでした。
次の職場には、意気込んで入りました。前の失敗を繰り返さないようにしようと思っていました。それでも、前の職場を辞めたときから精神的に弱っていたまま動いたのが良くなかったのでしょう。社長と合わない、動き方が大変など、周りに理由をつけて3か月で辞めてしまいました。
3か月というのは、今でも少し重い数字です。「逃げた」という感覚は、しばらく消えませんでした。その直後に子どもも生まれ、途方にくれながらも、なんとかしなくてはと次の職場に入りました。
3つ目の職場に入ったとき、私の中に積み上がっていたのは、技術や知識よりも「ここで辞めたら終わりだ」という感覚でした。追い詰められた人間の、あまり美しくない原動力だと思います。ただ、それが今の自分を作ったことも否定できません。
そこでは急性期病棟に配属されました。重症の患者さんが多く、判断を誤れば直接リスクにつながります。最初は毎日が怖かったです。微細な変化を見逃せばリスクに直結する環境だからこそ、調べました。怖いからこそ、先輩に聞きました。怖いからこそ、帰ってから資料を作りました。
その積み重ねが、10年後に「形になるもの」の土台になるとは、当時は思っていませんでした。
第二章 10年、積み上げた
3つ目の職場で、私は認定理学療法士の取得を目指すことにしました。社交性で信頼を得る自信はありませんでしたし、人脈を作る器用さもありませんでした。ならば、「客観的な実績」を積むしかないと思ったのです。資格がすべてとは思っていませんが、当時の自分にはそれが現実的な選択肢でした。
取得のプロセスは地味でしたし、費用も安くありませんでした。「この資格が本当に役に立つのか」という疑問は、試験を受けるまで消えませんでした。
しかし、資格を取ったことで得たものは、資格そのものよりも、資格を取る過程で身についたことの方が大きかったです。一人で資料を作り、論理を組み立て、言葉にする力――これが後に、発信の基礎になりました。
臨床で10年を超えたあたりから、仕事の感覚が変わってきました。患者さんを見たとき、判断がある程度自動的に出てくるようになったのです。考えているというよりは、感じているという感覚です。「この患者さんはここを先に見る」「この状態なら離床のタイミングはもう少し後」といった判断が、意識する前に出てきます。
頭の中に余裕ができた、と感じました。この余裕が、後に発信や創作に向かうための物理的な条件になったと思っています。忙しい20代に発信を始めようとしていたら、きっと続かなかったはずです。
第三章 一馬力になった
妻は看護師でした。第2 子を妊娠したとき、妊娠悪阻が重くなり入院が必要になりました。職場は小規模で、代替がきかない環境だったため、事実上の退職勧奨に近い状況になってしまいました。
「このまま続けたとき、誰が一番損をするか」――私たちが話し合ったのは、そのような問いでした。結果として妻の退職に同意し、収入は減りました。しかしそれと同時に、子どもの「小1の壁」に無理なく対応できるという、予期していなかったメリットもありました。辞めることが敗北だとは思っていません。ただ、一馬力で家族を支えていくことへの緊張感は、そのときから今も続いています。
2人目が生まれ、3人目が冬に生まれる予定もあり、5人家族になります。家計への不安を具体的に感じるようになりました。教育費、住宅ローン、老後などを数字として考えると、現状の収入だけで十分だという確信は持てませんでした。どうにかしなければと思いながら、何から手をつければいいかもわからなかった時期がしばらく続きました。
定時に帰ることは、この頃から意識的に守るようにしていました。保育園のお迎えという締め切りがあったこともありますが、「残業を美徳にしない」という意識もありました。仕事を後に残さない、カルテを溜めない、隙間時間を使うといった工夫を重ねたのは、家族との時間を守るためでした。
第四章 AIと使い始めた
家計相談をGeminiにしてみたのは、2026年の初めのことでした。FPに相談しようと何人か会ってみましたが、どこかポジショントークに聞こえてしまい、自分の状況を正直に話しにくい部分もありました。そこで試しに、スマートフォンでGeminiに収入や支出の状況を入れてみたところ、具体的なキャッシュフロー表が返ってきたのです。
面白くなって、次は生活の悩みを入力してみました。「スター・ウォーズのヨーダの口調で答えて」と頼むと、思いのほかそれらしい返答が来ました。育児の疲れ、お金の不安、やりたいことへの焦りといったことを、古い賢者と話すような感覚で聞いてもらいました。
ある日、「noteも書いてみたいけれど、文章構成がわからない」と入力しました。すると返ってきたのは「まず書いてみることじゃ」という言葉と、過去の資料を入力してみるよう促す提案でした。半信半疑で、後輩向けに作っていた指導スライドのメモを貼り付けたところ、読みやすい構成が出てきました。
「これは、過去に作ったものを届けられる形にできるかもしれない」――その感覚が、すべての始まりでした。
ただし、AIが常に都合よく動いてくれるわけではありませんでした。Geminiは文章の随所に不自然な比喩やキャッチコピーを混ぜてきます。「〇〇という名の△△」という言い回しが多く、臨床の文章には合いませんでした。エピソードがごっそり省略されることもありました。しかも、出てきた比喩の一部は、世の中に存在しない造語でした。
ChatGPTは構成の相談には使えましたが、出力が短文の連続になりやすく、臨床の文脈を積み上げる記事には向いていませんでした。
Claudeは、最初「何もわかってないくせに偉そうに」と感じました。質問に対して、曖昧さを許さない答えが返ってきたからです。できていない部分を厳しく指摘される感覚があり、しばらく遠ざかりました。ただ、質問を具体的にすれば、アウトプットの質が劇的に変わることに後で気づきました。怖かったのは、曖昧な問いに対して正直な答えが返ってきたからだったのかもしれません。
試行錯誤の末、現在は3つのAIを用途で使い分けるようになりました。構成や骨格の相談はChatGPT。文章の肉付けと画像生成はGemini。校正と仕上げはClaudeです。
有料プランにも課金してみました。便利になった部分はありましたが、Geminiの比喩癖や、ChatGPT of 短文体質は変わりませんでした。「課金すれば劇的に楽になる」ということはありませんでした。
どのAIも、長い文章を渡すと前の方を忘れてしまいます。リンクを貼る作業は「やったふり」をして、実際には機能していないことがあります。ハルシネーション(もっともらしい嘘)は今もあります。使い続けると、これらの限界に何度もぶつかります。
それでも、手元に積み上げていた資料があったことが大きかったです。後輩のために作り続けたスライド、臨床のメモ、考えてきたことなどを、AIは読める形に直してくれました。
第五章 noteで書き始めた
最初の1か月で、115記事を公開しました。今振り返ると少し異常な量ですが、当時は材料がありました。何年分も積み上げてきた指導資料をAIに読み込ませると、みるみる記事の形になります。その感覚が面白くて、止めることができませんでした。
しかし、問題は量産の先にありました。記事は増えましたが、全く読まれなかったのです。検索しても出てきませんし、スキもつきません。記事と記事をつなぐリンクを貼る作業も手間がかかり、貼っている間に本文の不備に気づきます。その修正にはAIが役に立ちません。
「これだけ時間をかけたのに、誰にも見られなかったらどうしよう」という不安は、今も正直なところ消えていません。
それでも公開ボタンを押し続けました。若手の頃に自分が欲しかった知識には価値があるという感覚と、家族の将来のための収入の柱が欲しいという気持ちが、私の動力になっていました。
記事を量産しながら、ジャンルごとにまとめていきました。膝なら膝、脳卒中なら脳卒中です。そして、まとめたものをAmazonのKindleで本にしました。
最初のKindle本を作ったとき、出版という行為がこれほど簡単にできるとは思っていませんでした。noteの記事をWordにまとめ、AIと相談しながら体裁を整え、KDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)のフォームに合わせた説明文を作ります。技術的な壁は非常に低かったです。
書いてAIに整えてもらい、修正して、また書く。このサイクルを繰り返しました。
第六章 Kindleで出した
本を出すことは、昔からやりたいと思っていたわけではありませんでした。記事をまとめたら本になった、というのが正確なところです。気づいたら出していました。
最初に作ったのは膝の本でした。急性期でよく担当する疾患であり、後輩からの質問も多かったテーマです。リハビリの進め方、リスク管理、よくある落とし穴など、自分が後輩に伝えてきたことを構造化しました。
AIとの作業は「一緒に作る」というよりも、「自分の意図を引き出してもらう」感覚に近かったです。「こういう内容を書きたい」と入れると構成案が出てくるので、その構成に自分の経験を当てはめていきます。
そして、できたものを読んで、「これは自分の言葉ではない」と感じる部分を書き直していきました。
最後の手直しは必ず自分でやりました。「この言い回しは私らしくない」という感覚を手放してしまうと、誰かが書いたような無個性な文章になってしまいます。その感覚を大切にしました。
17冊まで出た今でも、よく売れている本とほとんど動いていない本があります。傾向はある程度見えてきました。検索されやすいキーワードや、需要のある疾患があります。ただ、それだけで全てが決まるわけでもありません。
3つ星のレビューをもらったこともあります。指摘された内容は、読み直してみると確かにその通りでした。そのため、表紙を作り直し、タイトルも変えました。売れることと、届けたいものを届けることは完全には一致しません。そのことは今も考え続けています。
第七章 小説を書いた、漫画を作った、娘と絵本を作った
医療ドラマや医療小説を見るたびに、思っていたことがありました。理学療法士を主人公にしても、面白いものができるのではないか、ということです。患者さんの回復に伴走し、家族と向き合い、チームの中で判断する。そういう日常は十分に物語になりうると思っていました。なのになぜ、理学療法士を題材にした小説がほとんどないのでしょうか。
ただ、私には文章力がありません。そう思っていたからこそ、ずっと書かずにいました。しかし、AIで記事を書くようになって、その前提が少し変わりました。伝えたいものさえあれば、読める文章にできる。それを体感してから、『列の途中』を書き始めました。
主人公は新卒の理学療法士・朝倉浩一です。急性期病棟に配属されるところから始まる物語で、師匠との関係、同期との葛藤、後輩への継承を軸に、全40章を書きました。構造は「守・破・離」の三部にしています。
書くことよりも、推敲(すいこう)に時間がかかりました。AIは推敲の相手として非常によく機能してくれました。「この場面は説明しすぎていないか」「この台詞は棒読みになっていないか」といった問いを投げると、修正案が返ってきます。
ただし、AIが「よくなった」と言う方向が、自分の求める方向とは限りませんでした。AIは補足を付けたがり、説明を足したがります。しかし私が目指したのは、行間に何かが宿る文章でした。「そこは削る」「そこの補足は要らない」――AIとの対話は、自分自身の文章観を言語化する作業でもありました。
小説が自分の中で完結したとき、次に何をしようかGeminiに相談しました。すると「イラストにしてみては」という返答が来ました。そこでふと、漫画版という選択肢が頭に浮かんだのです。
GeminiのAI画像生成は使いにくいと体感していました。比喩や文章だけでなく、画像も癖が強かったからです。ただ、ChatGPTの画像生成は精度が違うことを知っていました。試しにやってみよう、その程度の気持ちで始めました。
やってみると、かなり見られるものができました。もちろんAI特有の問題はあります。コマをまたぐとキャラクターの顔が変わってしまったり、手の指が増えてしまったり、装具の形が解剖学的にありえなかったりします。それから、小説の文章をそのままコマに持ち込むと説明過多になり、台詞で全部語ろうとしてしまいます。
それでも、非常に面白かったです。修正しながら作り進めました。完成した漫画版はnoteのComic Viewer機能で公開し、ありがたいことにnote公式の漫画支援マガジンへの掲載が決まりました。
娘の話は別の文脈で始まりました。ある日、小学2年の娘が「パパばっかり本出しててズルい」と言いました。それをきっかけに、娘とGeminiで絵本を作ることになったのです。主人公は何にするか、どんな冒険がしたいか――娘とAIの会話が進むうちに、話の骨格ができていました。
タイトルは『ゆめちゃんとひめちゃんのゆめぼうけん』、ペンネームは「ゆりかえほん」としてKindleで出版しました。AIがかなり誘導している場面もありましたし、娘も多少「知ったかぶり」をしていました。それでも娘は「自分で作った」と思っています。コンテンツを消費するだけでなく、作り手側に回る経験には、何か価値があると思っています。ただ、それが教育的に正しいのかどうかは、まだわかりません。
第八章 道具を整えた
Galaxy Z Fold7を買ったのは、迷った末の判断でした。それまで使っていたスマートフォンでも記事は書けました。ただ、アプリを切り替えるたびに作業が止まってしまいます。AIアプリを参考にしながらフォームを埋める、コピーして貼り付けて修正する、という作業の繰り返しの中で、途中で何をしていたかわからなくなることが増えていました。
折りたたみスマートフォンは、開くと2つのアプリを並べて表示できます。ClaudeとGeminiを並べて作業ができるのです。右側で文章をコピーして、左側に貼り付けて、出てきた内容をまた右に戻す。その往復が圧倒的に速くなりました。
高い買い物でした。積み立てていた投資の一部を一時的に減額して、分割で購入しました。「贅沢か、必要経費か」と自問自答し、必要経費という結論を出しました。時間は増やせません。ならば、作業が止まりにくい環境を作ることに投資すべきだと考えました。
変わったことは、マルチタスクのストレスが減ったことです。逆に変わらなかったことも正直に言うと、noteのUI(ユーザーインターフェース)の使いにくさはFoldでも同じでした。しかし、これについてはBluetoothマウスをつないだら解決しました。
Googleサイトで活動の統合ページを作りました。note、Kindle、小説、漫画、絵本など、バラバラに存在していたものを一か所にまとめたのです。これにより、読者の方が膝の本から入って別の本へ、あるいは臨床記事から小説へ、というように回遊が生まれるようになりました。
「棚を作る」という発想は、最初からあったわけではありません。書いて出してを繰り返しているうちに、気づいたら棚ができていたのです。
第九章 ぴっちAIを構想している
発信を続ける中で、一つの問いが浮かびました。AIを使って記事を書くのではなく、自分の臨床思考そのものをAI化できないか、ということです。
一般的なAIは医学的な一般論には答えてくれますが、それはあくまで「平均的な答え」です。この患者さんならどこを先に見るか、どのリスクを優先するか、なぜその順番で介入するのか――そういった判断の順番までは出てこない。
私が若手のときに困っていたのは、教科書に書いてある知識ではありませんでした。「今、この患者さんで何を優先して考えればいいですか」「離床していいのか迷っています」――そういう問いに答えてくれる先輩が、いつもそばにいるわけではなかったのです。
そこで、Geminiのカスタム機能を使い、Kindle書籍のデータを読み込ませる形で作り始めました。
最初に出てきたものは、「正しいけれど使えない」ものでした。丁寧な前置き、一般論の羅列、「患者によって異なります」という締めくくり。現場でこれを読んでいる時間はありません。
これは、出力の型を固定することで改善しました。結論1行、まずやること、やってはいけないこと、その理由――この形に統一することで、単に「読むもの」から現場で「使うもの」に近づきました。
次の問題は、学習させていないテーマへの対応でした。AIは「分からない」と言うよりも、それっぽく嘘を補完する性質があります。医療の現場では非常に危険です。そこで、嘘を「禁止する」のではなく、そこで会話が「終わる」構造にしました。回答できない場合は1行で終了し、以降は出力しないように設定しました。
「分かりやすくしようとして解釈がズレる」問題にも直面しました。「ラクナ=安定、心原性=不安定」という整理は見やすいですが、臨床では通用しない場面があります。そのため、説明の仕方にも制限を入れました。
そして最後に、意図的に未完成にする設計にしました。答えが完成されすぎていると、読んで満足して終わりになってしまいます。「今どのフェーズか」「血圧はどう動いているか」――問いをあえて残すことで、使い手が考えながら使うものになります。
これはまだ途上であり、完成していません。そのことをここに書き残しておきます。
7年前の自分が欲しかった先輩を、AIという形で残せないか。
その試みを、私は今も続けています。
エピローグ まだ途中である
Kindleのダッシュボードを見ると、膝の本がよく動いています。脳卒中の本も少しずつ動いています。小説『列の途中』は、じわじわと読者が増えています。読まれていない記事もありますし、売れていない本もあります。作って終わりにするのではなく、修正して、また作ります。
AIが人生を変えた、とは思っていません。ただ、10年以上かけて積み上げてきたもの――後輩のために作り続けたスライド、患者さんと交わした言葉、失敗して考えてまた立ち上がってきた記録――それを形にする速度が、大きく変わりました。
AIは都合よく動きません。ハルシネーションがありますし、前の話を忘れます。比喩が過剰になりますし、課金しても限界はあります。それでも、手元にあるものを届けられる形にしてくれる道具として、今の自分には必要なものです。
あなたにも、積み上げてきたものがあると思います。まだ形になっていない知識、誰かに伝えたかったこと、やってみたかったけれど踏み出せなかったことなどがあるはずです。
AIはそれを自動的に「正解」にはしてくれない。ただ、形にする手伝いはしてくれます。
完璧でなくて構いませんし、まだ途中で構いません。
私もまだ途中にいます。
あとがき
この記事は、3か月ほどの実践記録をもとに書きました。書いているうちに、自分が何を大切にしているかが整理された気がします。臨床の手応え、家族を守りたい気持ち、若手に伝えたいこと――AIとやり取りすることで、それらが言葉になってきました。
ツールの使い方よりも、自分の核があるかどうかの方が大事だと思っています。AIに何を渡すかは、自分が何を持っているかによるからです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
巻末付録:小説『列の途中』のご案内
もし、この記事を読んで、「理学療法士という仕事は、実際にはどんなことを考えているのだろう」と思われた方がいらっしゃいましたら、小説『列の途中』も読んでいただけたら嬉しいです。
本記事では、私自身が理学療法士として歩んできた過程や、AIを使った発信・出版・創作について書きました。一方、『列の途中』で描いているのは、その土台になった仕事そのものです。
患者さんの回復に伴走すること。
離床するべきか迷うこと。
先輩から学び、後輩へ受け継ぐこと。
チームの中で意見がぶつかること。
正解のない状況で判断すること。
理学療法士の仕事は、筋力や関節だけを見ているわけではありません。患者さんが何を大切にして生きてきたのか、退院後にどんな生活を送りたいのか、今何を優先して考えるべきなのか、そうした問いと向き合い続ける仕事だと私は思っています。
『列の途中』は、新人理学療法士・朝倉恒一が急性期病棟で成長していく物語です。そこに描かれている出来事や考え方の多くは、私が10年以上の臨床で見てきた景色をもとにしています。
全39章+後書きの40章完結作で、3部+αという構成です。
第一部:新人時代を描いています。急性期病院の理学療法士がどんな仕事をしているかという、お仕事小説として読めます。
第二部:二年目になった主人公が後輩との関わりや、先輩・上司の育休や介護休暇を見ながら、自分の人生を仕事を通じて模索していく、仕事と生活を描いた小説として読めるようになっています。
第三部:守るものがあり、制度やシステムの矛盾はありつつも、働く人としてどう立つか、ということまでを描いています。
患者さんだけではなく、働く医療職自身もまた人生の途中にいる――そんな思いを込めて書いた作品です。AIで形にしたものの先にある、私自身の理学療法士観に興味を持っていただけたなら、ぜひ『列の途中』ものぞいてみてください。


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